海外に行く決心はついていた
私は、海外でボランティアがしたい、外国の⼦たちと活動したい、この留学でトビタテ留学JAPANに応募したいという三つの条件で留学プログラムを探していて、プロジェクトアブロードを⾒つけました。
初めての海外渡航だったので、⾶⾏機の乗り⽅や⼊国審査、英語でのコミュニケーションなどあらゆることが不安でもあり、楽しみでもありました。
チャイルドケアボランティアとして
現地では、以下のような活動を行いました:
- 学校の壁のペンキ塗り
- 室で使っているベンチのペンキ塗り
- 学校での⻭磨き
- ⼿洗いの指導
- ⼦どもたちと⼀緒に活動 (折り紙、ペーパークラフト、書道、体を動かす遊び、ボーリング、栄養指導、公害について、スペルあてゲーム)
- ⼦どもたちと⾃由に遊ぶ(⻤ごっこ、⼿遊び、バドミントン、バレーボール、サッカー)
ネパール生活
滞在先はホテルでした。
部屋は他の部屋に⽐べて広く、私はクイーンサイズのベッドを⼀⼈で使えました。
私はフランス⼈の⼦とルームメイトでしたが、はじめは英語が聞き取れずうまくコミュニケーションをとれませんでした。
シャワーは五分ほど待たないとお湯が出ませんでしたが、問題なく毎⽇使えました。
ベランダもあったので、洗濯ロープを張り、洗濯物を⼲すこともできました。
洗濯は、2⽇に⼀度ほど⼿で洗いました。
ホテルのランドリーサービスを利⽤することもできました。
⾷事は毎⽇、⼗分な量で美味しかったです。ただ、⾟いものが苦⼿だった同じグループの⼦は苦労していました。
朝・⼣は基本ホテルで、昼は学校に持ってきてもらって⾷べました。
モモ、チョーミン、ライス、サンドウィッチなどから⾃由に選べました。
私の内面で起こった化学反応
カルチャーショックとしては、事前にみんなで確認した集合時間に誰⼀⼈として集まらないことです。
⽇本⼈だけが五分前に集まってきて、他は時間を過ぎても現れませんでした。現地コーディネーターも例外ではありません。
一番大変だったのは、英語でコミュニケーションをとることです。
自分の英語力のなさをひどく痛感しました。
最初の1週間は、想像していたように会話ができず、とても⾟く感じました。
特に、⾮ネイティブの⼦たちの英語は、最初は聞き取ることさえ困難でした。
英語ができないことを直接⾺⿅にされるようなことはなかったものの、うまく伝えられないから相⼿にされなかったり、⾺⿅にしたような絡み⽅をされてしまうこともありました。
もっと、明確な目的、目標を持って英語を勉強しなければならないことを学びました。
同時に、外国の子たちからもたくさんのことを学びました。
自分の意見を主張することは決してわがままではないこと。
疲れた時には休みたいと言えるし、やりたくないことはやらなくても良いこと。
無意識のうちに周りの目を気にして、自分の感情に蓋をしがちな私に、彼らや彼女らの自由な行動は大きな刺激を与えてくれました。
悔しさをばねに
ネパールという途上国に⾏って、⽇本との違いをたくさん感じました。
不便なこともたくさんあるし、厳しい⽣活を垣間⾒てきましたが、広⼤な⾃然が広がり、ゆったりとしているネパールが、私は好きです。
しかし、正直なところ、この留学が私に残していったのは、達成感でも、成⻑の実感でもありません。
⼀番深く⼼に残っている感情は、悔しさと情けなさです。
私は留学の間中、⾃分の英語に関して、劣等感と情けなさと屈辱を感じ続けていました。
英語ができればもっとたくさんのことを学べたし、たくさんの⼈と深く関われたと思うと後悔はつきません。
いまは、英語で⾃由にお喋りできるようになることが⼀番の⽬標です。
外国の⼦と、友達として気兼ねなく話せるように英語を練習したいです。
私は、⾼校2年⽣の夏に、⾃分の視野の狭さと低さに気づかせてくれたこの留学に感謝しています。
消化しきれずに持ち帰ってきた膨⼤な量の学びを、必ず成⻑に繋げたいと思っています。
これから参加する高校生へ
とにかく、英語を練習してから行った方がいいと思います。
行ってしまえば、たしかに、英語をなんとか駆使して生活することはできるけど、学べることの量が圧倒的に違います。
英語の勉強というよりも、実践的な練習をしていくことが大事だと思います。
この体験談は、主観に基づいて綴られています。
その時の現地の需要や活動の進捗状況、参加時期、参加期間、天候などによって得られる経験が異なりますので、あらかじめご了承ください。
ご不明な点は、お気軽にお問い合わせください。