発展途上国を見てみたい

私が今回ネパールでのボランティア活動に参加したきっかけは、映画やテレビの中でしか見たことのない発展途上国を自分の目で見てみたかった、単なる好奇心によるところが大きい。

私は(記憶はないが)ニューヨークで生まれ、帰国後はずっと東京で暮らし、海外旅行や語学研修でも先進国(イギリス)にしか行ったことがなかった。

「発展途上国とはどんなところだろう、人々はどんな風に暮らしているのだろう」と興味があった。

夏休みに高校生が参加できるボランティア活動について親と一緒に調べ、プロジェクトアブロードという、日本にも事務所のあるイギリスの団体の活動に参加することにした。

活動には医療やチャイルドケアもあったが、私は建築活動を選んだ。

英語がそれほどうまくなくてもどうにかなりそうだと思ったのと、活動の成果が目に見えて達成感を味わえそうだと思ったからだ。

渡航前の心境

事前にプロジェクトアブロード主催の高校生限定の研修を受けたり、予防接種を受けるなどして準備をした。

活動は現地(現地空港)集合だったので、一人で飛行機に乗ってカトマンズに向かった。

一人で国際線のフライトに乗るのは初めてではなかったが、海外の空港でフライトを乗り継いだり、到着空港でビザを取得したり、全く知らない外国人スタッフに迎えられるのは初めてのことだったので、少し緊張した。

形になっていく達成感

しかし無事到着し、2週間の活動が始まった。

フランス、イギリス、中国や日本など、世界各国から集まった高校生たちと一緒にボランティア活動をした。

現地の学校の敷地内で、毎日穴を掘り、セメントを作り、煉瓦を積んだ。

手の皮がむけて手のひらが脱皮したようになり、作業用の靴は泥とセメントだらけで履けなくなった。

作業は辛かったが、建物ができていくのを見るのは達成感があった。

思いがけないチャレンジ

生活面で意外に辛かったのが、「水」だった。

顔を洗ったり、歯を磨いたり、シャワーを浴びたりする時に、水道水をうっかり飲まないようにするのが、思いのほか面倒だった。

水道水が飲めない生活が、これほど不便だとは思わなかった。

世界で「水道水がそのまま飲める国」はまだ少ないと聞く。

アジアでは、ほとんどないらしい。

日本に生まれて良かった、と心から思った。

水道水が飲める!

トイレが臭くない!

美しい!

そして、愛すべき食事が本当においしい。

ネパールの食事もおいしかったが、辛いものや独特の味付けのものが多かったため、あまりなじめなかった。

そして、他のメンバーと一緒にお腹を壊した。

ネパールに行って良かったと思うが、帰国した時はとても幸せに感じた。

ネパールの世界での学び

ネパールはアジアの最貧国だと聞き、現地に行くまでは、ネパールの人々は貧しくてかわいそうだと思っていた。

しかし現地に行ってみたら、インフラや物資は確かに不足しているが、現地の人々は、ないなりに工夫し前向きに暮らしていてすごいと思った。

支援は必要だが、彼らが「かわいそう」という表現は当てはまらない。

街を見て当初とても驚いたのが、あたりに犬や牛が徘徊していたことだった。

鳥も多かった。

日本に比べて、動物が人間の生活圏に多くて驚いたが、すぐに慣れた。

また、幾何学的なモチーフや、直線の木材を組んだような装飾の建築物をよく見かけた。

美しいと思った。

そして、ネパールには日本車がたくさん走っていた。

特にスズキの車が多かった。

おそらく、1970年代に隣国インド政府が立ち上げた国民車構想に、併相手としてスズキが応じ、大成功して子会社化した「マルチ・スズキ・インディア」の影響と思われる。

当時、日本の他の自動車メーカーがアメリカを中心に海外進出計画を進めていた中、人口の多いインドに目を付けたスズキの経営者の観察眼は鋭い、と思った。

しかし、肝心の車の中では、ネパールの人々はシートベルトをせず、道路事情も悪いため、乗り心地は良くなく、車に長時間乗るのは辛かった。

今後への意気込み

今回ネパールに行ってみて、ボランティアをしてみて、行ってみないと、体験してみないと分からないことがたくさんあると気付いた。

またぜひ違う国にも行ってみたい。

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ネパールで建築 市原虎太郎

この体験談は、主観に基づいて綴られています。

その時の現地の需要や活動の進捗状況、参加時期、参加期間、天候などによって得られる経験が異なりますので、あらかじめご了承ください。

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