海外 ✖ ボランティア ✖ 交流
海外に⾏きたいという思いと、ボランティアで沢⼭の⼈と交流してみたいという思いが重なった。
また、医療アウトリーチ活動をできるということと、⾃分の⽇程とあっていたから参加した。
はじめてのアジア圏への旅⾏への緊張と、全て⾃分でいろいろやらなければならないということへの⼼配があった。
私が過ごした毎日
病院は思っていたよりとても整っていて、病院⾒学はとても順調に進んだ。
また、間近で⼿術を⾒るという⽇本では絶対できない体験ができた。
医療アウトリーチは3回ほどやる機会があり、⾎糖値測定で私は下⼿で3回やり直すこともあった。
他にも、ビーチの清掃や幼稚園の壁の⾊ぬりなどのボランティアもした。
また、週末旅⾏ではキャンディへ⾏き、象の孤児院や寺、マーケットに⾏った。
私は病院へ⾏っていて、お寺へは⾏けなかった。
いくつかのスリランカの喫茶へも⾏った。
スリランカでの生活面
ホストマザーはとても優しくて、毎⽇美味しい料理を作ってくれた。
他にも私が感染症でお腹を壊した時も、お腹にいい野菜のスープを毎⽇作ってくれた。
ホストマザーと⼀緒にスリランカの伝統料理を作ったりもした。
ルームメイトは⽇本⼈。
英語がなかなか喋れなくて困ってる時、よく通訳してくれた。
はじめは他の国のルームメイトとなかなか話せなかったけど、だんだん仲良くなってきて、最後には⽇本に来たら案内するよという約束もした。
洗濯は⾃分で⼿洗いで⾏う。
洗剤を⾃分で持ってきてそれを、使って洗⾯台で洗っていた。
消臭スプレーが⼤活躍した。
現地での苦労と成長
⼀番印象に残っている出来事は、体調を崩して本当に怖かったこと。
だけど、私⽴病院を⾒ることができた。
公⽴とは全然設備も違って、空調も効いてるし点滴もちゃんと置いてあった。
富裕層と貧困層の格差を感じた。
慣れない地へ⾏ったり、初めて⾏くところへ⾏けばいつかは何かしらの病気にはなると思うので、今回それが体験できてよかった。
慌てないこと、それが⼀番の教訓。
⼤変だったのは、英語が初め全然話せなかったこと。
他のボランティアの⼦がみんな英語圏の国に住んでいてペラペラに話していて、とても焦りを感じた。
まず、喋るどうかではなく聞き取りができず、たくさんの⼈種の中その分だけ英語ができる存在するので、アメリカ英語しか聞き慣れていない⾃分にとっては本当に⼤変だった。
⽿を慣れさせる、これが⼀番⼤変だった気がする。
内面の変化を感じた
このプログラムを通して、ちょっとしたことでは動じなくなった。
また、現地を知る⼀番の⽅法は実際に⾏くことだと学んだ。
結局、⾒なければ何も分からないと思った。
スリランカに⾏って思ったのは、⾃分の描いてた途上国像はあまりなく、確かに⽇本より⽔準は劣ってもできる範囲で⾃分たちの⽣活にあった豊かな⽣活を送っている姿をみて、よっぽど他国に追いつこうとしてる私たちの⽅が貧しいのかなとも思った。
また、⾃分の正義やボランティアを押し付けるだけでなく、彼らが本当に求めていること、そして必要なことは何か考えるべきだと学んだ。
⽀援とは、⻄欧化を進めることでなく、彼らの⽣活をもっと豊かにすることだと思った。
これからへの熱い想い
百聞は⼀⾒にしかず、その通りだと思います。
⾃分のボランティアをするための志や何を具体的にしたいというのはとても⼤切なことだと思うけど、現地に⾏ったらハプニングなんて連続で上⼿くいかないことばっかり、だけど、そういう中だからこそ成⻑できるし、できる絆がありました。
迷ったらやってみる。
そういう⼤胆さを持って、チャレンジしていきたい!
これから、途上国に病院を建てたいという夢は今でも変わっていない。
だけど、もっと地域にあった病院を作るには、今回のようにしっかりと実際に⾏って、理解して、わかる必要があると思う。
そのためにも、どんどんこれをスタートに海外へ⾏っていきたい。
この体験談は、主観に基づいて綴られています。
その時の現地の需要や活動の進捗状況、参加時期、参加期間、天候などによって得られる経験が異なりますので、あらかじめご了承ください。
ご不明な点は、お気軽にお問い合わせください。